VIPプレビュー *招待制
3月12日(木)
First Choice|11:00 – 19:00
VIP|13:00 – 19:00
一般会期
3月13日(金)– 15日(日)
11:00 – 19:00
*最終日は17:00まで
会場
東京国際フォーラム
ホールE / ロビーギャラリー
ブース
S016
A LIGHT HOUSE CALLED KANATA A LIGHT HOUSE CALLED KANATA
淡い光を纏いうつろいゆく箔の景色
去来する白景に仄かな光が交錯する
或いは鮮明に
或いは不確かな
武井地子
闇夜に光を求めて—武井地子物語
青山和平
闇のなかにおいてこそ、人は光を見出す。そのことは、武井地子さんという画家の歩みにも重なる。現在、彼女が同世代の作家のなかでも屈指の存在として語られ、その作品が世界各地の蒐集家のもとへと迎え入れられている事実は、あまりにも自然なものとして受け止められがちである。しかし、この比較的近年の状況だけでは、彼女が内奥に抱き続けてきたひとつの美の像を追い求めるために費やした、長年の労苦と困難を十分に語ることはできない。評価とは本来、副次的なものであり、未踏の領域を切り拓く者の歩みに対して、常に二歩ほど遅れて現れるものである。実際、画家・武井地子さんの存在は、ほぼ25年にわたり影のなかに潜み、その作品は殆ど顧みられることなく、沈黙のなかに佇んでいた。
闇に身を沈めることなくして、坑道の果てに射す光へと手を伸ばすことはできない。その隔たり、その深い溝は、やがて光によって架け渡される。そして、その架け橋となるものこそ、武井地子さんの作品であるのかもしれない。彼女の絵画は、峻厳で、単色的でありながら、最終的には崇高へと至る風景である。そこに現れるのは、人間の記憶における季節の移ろいであり、ある瞬間の感情であり、春の淡雪のようにきらめいては消えていく情動である。黒と白という最小限の対比はまるで冬景色でありながら、武井さんの構成の妙と力強い筆捌きで、作品は七色にも負けない輝きを放つ。
人を人たらしめるものとは何か。あるいは、芸術家を芸術家たらしめるものとは何であろうか。私はこれまで、才能に恵まれながらも、その才能だけによって道を閉ざしていった多くの作家を見てきた。それは芸術に限らず、あらゆる職業において同様であろう。生まれながらにしていかに比類なき資質を与えられていようとも、成功が約束されるわけではない。そして成功とは、日々の営みのなかに連なる終わりなき格闘において、束の間与えられる休止にすぎない。ウィンストン・チャーチルは、「成功は終着点ではなく、失敗も致命的ではない。重要なのは、続ける勇気である」と語っている。この言葉は、絶望の只中においても私自身の支えとなり、目標を達した後にも慢心に陥らず、謙虚に歩みを続けるための指針となってきた。
継続こそが、何よりも重要である。そこには、しばしば見過ごされがちな美と詩情が宿る。歴史に名を残す偉業や合戦の大勝利の多くは、一日で成し遂げられるものではない。血と汗と涙に裏打ちされた、名もなき努力の積み重ねが、月日を経てようやく実を結ぶのである。数百年を生きる老松のように、その成長は目に見えずとも、確実にその姿を大きくしていく。我々が測るべき成功とは、勲章や売上ではなく、未来の眼差しによってどのように記憶されるか、という点にある。このように考えるならば、武井地子さんの作品が放つ光は、彼女が信じた制作を、ひたすらに続けてきた年月によって、より強く支えられているといえる。荒石から切り出された原石が研磨によって輝きを得るように、技法の洗練と、信念に基づく反復は、作品をより高い次元へと導く。真実や真美は、意図的に示されるものではなく、ものをあるがままに見る者の心に静かに届く。武井さんの作品には、闇の底で磨き上げられた純度と、内側からの発光が確かに内在する。
武井地子さんは必ずしも恵まれた環境に生まれたわけではない。東京で母親ひとりに育てられ、5人きょうだいの中で成長した。幼い頃から家事を手伝い、家を支えるために仕事を分担することは、特別なことではなかった。そして彼女を絵画へと導いたのは、そのお母様である。聞くところによると、お母様ご自身、若い頃に画家を夢見て、その果たされなかった想いが、娘の制作に静かに重ねられている。現在も、お母様は和紙を切ったり、裏打ちを貼ったりといった作業を通して、今も武井さんの制作の場に寄り添っている。
若き日の武井さんは、絵画のみならず音楽にも親しみ、「創る行為」そのものに心を向けていた。お母様の後押しもあり、とりわけ絵を描くことにおいて示した自信が、彼女を武蔵野美術大学へと導いた。しかし大学生活は、武井さんにとって必ずしも充足をもたらすものではなかった。大学とは、自力では得難い技法を学ぶ場であると彼女は考え、そのために日本画を専攻した。油彩やアクリルは、彼女の直感に、より即した表現手段であったが、日本画は、長い時間をかけて継承されてきた技法の修得を不可欠とする分野である。それでも、大学という環境は次第に彼女にとって息苦しいものとなっていった。キャンパスライフと寡黙で一途な彼女の気質は相容れず、やがて彼女は大学から距離を置き、独学で日本画を学ぶ道を選んだ。この自ら選び取った孤立感こそが、今日に至る武井さんの個の在り方を形づくった。
武井さんの日本画は、黒と白とが幾重にも重なり合い、内奥の風景を呼び覚ますような、静かな眩惑をたたえている。しかし、その力強い筆致は、決して即興の産物ではない。彼女は、日本画に伝わる煩雑で手間のかかる技法を用いながら、それをきわめて現代的な意識のもとで運用し、この分野を新たな時代へと押し進めている。たとえば、墨の偶然性を制御するための滲み止めの礬水引きの工程により、黒がどこから始まり、どこで終わるのかを、あらかじめ計算する。また、和紙の裏側にも墨を施す裏墨の技法によって、墨は紙の両側から滲み出る。画面の中心に配される酸化した銀箔や白金箔、さらには手でもみ、皺や縮れを紙肌に施す手揉みと呼ばれる技法も、彼女の作品を特徴づける要素である。こうした数多の技法を自在に操りながら、武井さんは、見る者の感覚に直接触れるほどの強度をもった動きを画面に生み出している。それは、独学によって鍛えられた画家の、構成、細部、そして技法に対する鋭い眼差しの結実なのである。
作家の代名詞とも言える《in white》シリーズ(fig. 1、fig. 2)に象徴される作風は、大学卒業から5年を経た頃に初めて形を成したものである。大学在学中から、彼女は抽象ではなく、もっぱら具象を描いていた。日本国外ではあまり知られていないが、日本画を専攻する者の多くは、指導という名のもとに、ほとんど強制的に具象を描くことを求められる。日本画の世界に長く共有されてきた物語は、「花鳥風月」、すなわち自然の移ろいゆく美を、自然そのものの姿を借りて描くというものであった。抽象を志すことは、議論の俎上に載る以前に退けられ、国内市場で作品を売って生計を立てようとする者にとっては、ほとんど自滅に等しい選択であった。武井さんもまた、日本の多くの若い画家と同じく、画廊に場所代を支払い、具象作品のみからなる個展を年に一度開いていた。そのような時期に、「この世界では生きていけると思うなよ」と、冷笑的な画廊主に言い放たれたこともあったという。
しかし、武井さんの内に、次第に別の心持ちが芽生え始めた。具象を描いても、作品はほとんど売れなかった。その事実の前で、彼女は、どの様式を選ぶかは、もはや本質的な問題ではないのではないかと悟った。絵画とは、売れるか否かにかかわらず、描くことそのもののためにあるべきではないか。そうして、《in white》は生まれたのである。以来25年、売れるかどうかを顧みることなく、彼女はこの作風をひたすらに描き続けた。いつの日か必ず理解されるという、ただそれだけの信念に目を閉ざすようにして。それは、ある意味で必然であったのかもしれない。
生活のため、武井さんは昼夜を問わず働いた。朝9時から夕方5時までは自動車の販売店に立ち、夕刻から深夜までは丸の内の喫茶店で働く。終電に駆け込み、長い一日の労働を終えて帰宅すると、彼女は《in white》を描き始めた。この日課は、2023年にア・ライトハウス・カナタで初めて発表の機会を得る翌年まで、ほぼ25年にわたり続いたと聞く。
カナタとの出会いを機に、長年描き続けられてきた《in white》の作品群は、瞬く間に世界の鑑賞者の手に渡るようになる。まるで世界の側が、長い時間を経て作家に追いついたかのようである。あるいは、作家自身は初めから、その時が訪れることを知っていたのかもしれない。その日まで一途に制作を手放さずにいられた意志と忍耐、その信念を思う時、再びチャーチルの言葉が想起される。「成功は終着点ではなく、失敗も致命的ではない。重要なのは、続ける勇気である」。まさに、その勇気が光となり、人の心を打つ。
《in white》シリーズの精華を最も端的に示す作品として、また武井さん自身にとっても最大作となった2024年初頭に完成・設置された、上海・Rockbund美術館のためのコミッション作《in white #350》(fig. 3)が挙げられる。全長7メートル、高さ2メートル、6枚組から成るこの作品には、単一の主題に向き合い続けてきた武井さんの時間という軸の厚みと集中力のすべてが集約されている。特定の素材や様式を徹底的に追い詰めることで、その可能性を新たな高みに押し上げるという態度は、他の分野におけるカナタのその他の作家にも通じる。青白磁における深見陶治、漆における田中信行、ステンレス鋼における尾崎悟と同様に、特定の素材や様式を極限まで追い詰めることで、その可能性を新たな高みへ昇華させる営みであると言えよう。
しかし、武井さんの視野は決して一方向に閉じてはいない。2025年、新たなシリーズが生まれた。和紙ではなく、真鍮や錫箔を支持体とする作品群である。この新作は、2025年4月のEXPO CHICAGOで初めて発表され、たちまち注目を集めることとなった。それらは、《in white》において培われた長年の探究が結実したものであり、技術は研ぎ澄まされ、金属箔という扱いの難しい素材の上にも、絵画の生命が移し取られている。そこには、これまでにない光の層が加わり、画業全体に新たな深みとある種の神々しさをもたらしている。シリーズ名が《glimmer》(fig. 4)と名づけられたのも、偶然ではない。武井さんは、内なるところから新たな光を見出したのである。
ア・ライトハウス・カナタは、2026年3月のアートフェア東京において、武井地子さんの当ギャラリー初個展を開催する。墨の深き黒色、胡粉の柔らかな白色、箔の輝き、和紙の質感。それらが一体となって現れる画面は、静謐でありながら確かな強度を湛えている。長いあいだ、一途に闇のなかを歩み続けてきたその制作の先で、いま、ひとつの光として、武井地子さんの全てが静かにここに在る。
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