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杉谷恵造

Silent Shadows : 玄黙 – 杉谷恵造 個展

2022 1/13(Thu) - 2 /12(Sat)

日・月曜日、祝日休廊
午前11 時~午後6 時 最終日は午後4 時まで
作家在廊日:1 月13 日(木)~ 1 月15 日(土)

A LIGHT HOUSE CALLED KANATA A LIGHT HOUSE CALLED KANATA

Silent Shadows : 玄黙 - 杉谷恵造

「玄黙を辿る」

 

 

犬も歩けば棒に当たる。片端から陶芸雑誌に掲載されている画廊にひたすら電話を掛け、作品を扱って欲しいと問い掛ける、2012 年頃の杉谷恵造さんであった。当時の酉福(ゆうふく)は創業20 年近く。陶芸界では些か知られている存在ではあったが、杉谷さんは酉福について全くの無知。そしてギャラリーの方向性や美意識についても一切下調べする事なく、ただ唐突に「作品を見ていただけないか」と電話口の高橋依子に詰め寄った。

多くのカナタの作家も既にご存知の通り、当時の酉福の名物門番こそ高橋であった。高橋という関門を突破しなければ、店主の青山和平に中々辿り着かない。電話越しで何かと悲壮感漂う杉谷さんの口調に大きな違和感を抱いた高橋は、その切羽詰まった様子に結果的に押され、アポを取る事になった。奇しくも、その高橋がやがて杉谷さんのマネージャーとなり、作家の成長と成功を下支えする役目を果たすとは、当時の我々は知る由も無い。

玄黙 II (2021)

案の定、初めてご来廊された杉谷さんは目も当てられないような植木鉢を持参された。「これ、どう思いますか」と鋭い眼光を私に送る杉谷さん。返す言葉が見当たらない。「うーむ。私たちは植木鉢など扱ったことがありません。実はこのギャラリーは抽象造形を中心に、日本国内ではなく、主に海外で発表している画廊なんです」と説明した。

狐につままれたような顔をする杉谷さん。「へー、そんな場所なんや。まったく知らずにこんなのを持ってきてしもうた」と恥ずかしそうに語り、そそくさと応接間を出られた。もう二度と来ないだろうと高橋と頷きながら、杉谷恵造をしばし忘れる事にした。

玄黙 I (2021)

あれから数ヶ月後。また杉谷さんから突然電話が届き、「また作品を見てくれないか」と頼まれた。来る者拒まない私は、杉谷さんの次作を見る事にした。今度は奥様と共にご来廊した杉谷さん。「これでも喰らえ!」と言わんばかりに、顰め面で次から次へと変わった作風の作品を開梱し、テーブルの上に並べて行く。骨のような白磁のオブジェ。食器。釉が掛かった壺や無釉の陶器。夥しい作品の数々に流石の私も魂消た。案の定、全作品をお断りする事になり、納得が行かない顔付きで杉谷さんはまたお帰りになった。

それでも、諦めがつかない杉谷さん。あれからまた数回、まるでコントのように、作家は何度も酉福を訪れ、数々の作風を見せていただき、毎度結果は同じであった。流石に私は痺れを切らし、杉谷さんに初めて助言する事にした。「杉谷さん。熱心に作品を持って来ていただき、とても感謝しています。だけど、私の顔色を伺うような作品にしか見えません。本当に作りたいもの、心から好きな作品を次からお持ちいただけないでしょうか。」驚かれたように、虚ろな目で杉谷さんは私を見て、首を傾げながら、またお帰りになった。

玄黙 III (2021)

そして8 回目のご来廊となった2013 年冬。お持ちになられた作品こそ、現在の作品へと繋がる「契り」 (The Promise) シリーズであった。30 センチほどの小ぶりな作品ではあったが、まるでエッシャーの騙し絵を三次元化したように、その稜線に確固たる意志と美意識が感じられ、一見して心が打たれた。

玄黙 IV (2021)

あのダイヤの原石のような作品と初めて対峙し、飛び上がって喜んだことを記憶している。「杉谷さん、素晴らしい作品じゃないですか。これでぜひ個展をやらせてください!」と、思わずはしゃいだ私。そしてとんとん拍子に事が進み、2014年の初個展を皮切りに、2016 年の代表的なシリーズ「Shadows Crossing」(玄交)以降、瞬く間に杉谷作品が売れて行くようになった。今度は私と高橋が狐につままれたように、ただただ驚くばかりであった。

まさか杉谷さんが、押しも押されもせぬ完売作家になるとは、想像も期待もしていなかった私。ただ、杉谷さんはその諦めない精神力と弛まない努力、誰にも負けない根気と気概、そして杉谷さんにしか生み出せない造形力を用いて、ここまでの作家へと上り詰めたように思える。偶然な事は何一つない。全ては必然に思う。

玄黙 V (2021)

杉谷作品の稜線の向こう側に見える景色とは、何を指しているのか。それは愛しさ、激しさ、慈しみや優しさなど、人間の複雑で繊細な感情である。指揮者である杉谷さんの大きくて温かな手からそれぞれの感情が音のように溢れ、一つ一つの作品に協奏して注がれる。人と人が光と影に包まれ寄り添う様、極端に言えば 愛し合う二人の人間の体と体が絡み合い(それは男女とは限らず)、見知らぬ赤の他人が愛によって一つになる姿を描き出す「Shadows Crossing」。人類そのも のの物語を、交差する二つの肉体の影を土で描いているのだ。

玄黙 VI (2021)

「Shadows Crossing」を初めて見た時、バスク地方の彫刻家であるエドゥアルド・チリーダのミニマルで粛々とした彫刻を思い出し、ただただ感動した事は今なお記憶に新しい。しかしチリーダには無くて、杉谷さんにはあるもの。それは「硬いのに柔らかい」造形の妙。それこそ、土という存在の恩恵だろうか。そしてその絶妙な「バランス感覚」は、決して天性のものではない。売れれば売れるほど、慣れれば慣れるほど、作れば作るほど、杉谷さんの技術は向上し、自然とバランス感覚が増して行った結果に思う。そう。これだけの作品が世界中のコレクター に行き渡り、杉谷さん自身が人を魅了する「コツ」を掴んだのではないだろうか。

玄黙 VII (2021)

しかし、その「コツ」は人の目線に媚びた小手先の造形ではなく、作る度に勢いが増し、あくまで作家が予ねてから秘めていた美意識が沸々と湧き出し、その想いが大河となり、土体へと流れ辿り着いた結果ではないだろうか。杉谷さんの開眼とともに、現代陶が見失った豪放で荒削りなプリミティビズムが抽象表現として花開き、次作「umbra vitae」へと移行した。

「umbra vitae」は「Shadows Crossing」をさらに肉厚にし、奥ゆきも2 倍くらいに増し、単純に複雑化したとも言えよう。今度はイサム・ノグチの彫刻が頭を過った。でもそのシリーズはあくまで限定的であった。何せ、構造が余りにも大きく複雑となり、個別パーツによる金属のジョイントを取り込んだ組み立て式の作品に成らざるを得ないまでのスケール感へと移り変わった。ここで杉谷作品は一つの転機を迎えた。

玄黙 VIII (2021)

この度ア・ライトハウス・カナタにて初めて発表させていただく「Silent Shadows」(玄黙)シリーズは、杉谷作品の集大成ではないだろうか。今までの「Shadows Crossing」や「umbra vitae」のエッセンスを残しつつ、水気を含んだまだ柔らかい土肌にヘラの付いたドリルを当て、荒々しくえぐり取り、作品を意図的に傷つける杉谷さん。まるで斎藤義重さんの「ドリル」シリーズやフォンタナのキャンバスを切り裂く行為を連想し、思わず笑みを零した私。計算し尽くされた狂気こそ、杉谷さんにぴったりな気がした。

玄黙 IX (2021)

「Silent Shadows」の重々しくも神々しい、まるでブルータリズムにも通じる空気感は、まるで中国歴代の鼎や古代文明の墓石のよう。それは悪しき呪いのような話ではなく、ジャングルに埋もれた遺跡が放つ厳粛で尊き力強さが杉谷作品から滲み出ているのだ。古代遺跡のように、今回の杉谷作品が最も建築的でもあるのは気のせいだろうか。思わずこのカタログを撮影して下さったカメラマンの小林庸浩さんと、ファインダーを覗きながら二人で唸り続けた。「どの角度からでも、すごい建物だね!」と。そして、杉谷さんの頭の中を想像するだけで単純に怖くなる、とも二人で思った。この想像力の源泉が末恐ろしくなった。そしてその泉は絶える事無き事も、確信するところであった。

玄黙 X (2021)

音無き世界に佇む光影。

見えざる引力のように、厳かな空気に包まれる陶のモノリスが目の前に聳え立つ。

杉谷恵造さんの静かな影に、行き交う人類の隆盛を見た。

 

ア・ライトハウス・カナタ

青山 和平

杉谷恵造 作品集 「Silent Shadows

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